2011年8月12日金曜日

【翻訳】 ジョン・アンダーソン インタビュー 2011.6.29

このインタビューはGeek of DoomObi-Danによって行われ、2011年6月29日に公開されたものである。クリエイティブ・コモンズライセンスによって公開されているので、ライセンスを継承しつつ、翻訳をここに掲載する。インタビュー内容は、イエス脱退の話よりも最新ソロアルバムの話が中心となっている。



60年代末、ジョン・アンダーソンは世界で最も注目されたロック・ミュージシャンの一人となった。彼の印象的な声によって、革新的なプログレッシヴ・ロック・バンド、イエスのリードシンガーとなり、彼らは30年以上にわたって何百万枚ものセールスを上げている。


現在、アンダーソンはイエスを脱退し、世界中の人々とコラボレートしてソロアルバムを作ることに力を入れている。彼は今なお健康で、幸せで、ファンタスティックな音楽を作り続けている。「Geeks of Doom? 大好きだよ!」




ジョン、調子はどうですか?

ジョン・アンダーソン(以下、JA):とても良いよ。今はとてもエキサイティングな時を過ごしている。今日、ソロアルバムが発売されたからね! 昨晩、3フィートもあるようなキングスネークが僕の家の玄関に居たんだけれど、これは再生を意味する。キングスネークを見るのは珍しいことだし、それが玄関の前にいたんだからね。これはネイティブ・アメリカンのトーテムで、再生を意味するんだ。だから、僕はいま順調なんだよ。

新しいジョンになったんですね!

JA:そう、新しい僕だよ!(笑)

「Survival & Other stories」がどういうアルバムになったのか教えて下さい。

JA:いいとも。君はもう聴いたかい?

ええ、"New New World"と"Understanding Truth"を聴きました。

JA:"Understanding Truth"は、オランダの北に住んでる若い男性から送られてきたものなんだ。彼は美しいギター曲を送ってきてくれてね、僕はすぐ歌ってみたんだ。歌というものは時にしてすぐにやってくるものなんだ。分かるかい? ヴァンゲリスとやっているときのような感じだった。ジョン&ヴァンゲリスの音楽は聴いたことあるかい?

もちろんです。

JA:僕たちは曲を即席で作ったんだ。3日間、毎日曲を書いて最後には「やあ、これはクールだね!」となったもんさ。最近、どういう事が起きているかというと、誰かがMP3で音楽を送ってきてくれて、僕がメロディと詞を書いて曲に当てはめるのさ。そして1ヶ月後、12個ばかりの全然異なったシチュエーションのアイディアが手元にあるわけだよ。ある曲はミュージカルみたいだし、ある曲は土着の音楽だったりする。わかるかい? どの曲も、全く違う人たちから送られてきたもので、みんなとても才能がある人たちだから、今とてもエキサイティングなんだ。知ってるかもしれないけれど、僕はウェブサイトに広告を出してて、毎週、沢山の人たちからアイディアが送られてくるんだ。今でも送られてきているよ。音楽のパンドラの箱を開けたんだ。このアルバムはその中から選んだ一部に過ぎないんだよ。僕が世界中のいろいろな人と作業をして作ろうとしている3部作の1作目になるんだ。

ウェブサイトの募集に反応があったので、驚きませんでしたか?

JA:もちろん、驚いたよ。みんなが誰だか知っている人に連絡できるようなものがウェブサイトに上がっていたから、あんなに反響があったんだろうと思うよ。彼らは僕と仕事をすることに興味があって、送られてきたものは僕が本当に欲しいものだった(笑)。1曲目の"New New World"はサウスパークの音楽をいくつかやったことがある人から送られてきたんだよ。

本当ですか?

JA:そうだよ。ジェイミー・ダンラップが僕に音楽を送ってきてくれたんだ。彼は去年の夏、パリにいて、アメリカとヨーロッパでいくつかショーをやってて、僕に曲を送ってきて、彼のアパートで僕が歌ってみたんだ。素晴らしい贈り物だよ。今でも素晴らしい歌が送られてきてるんだ。わかるかい?

もちろん。2つとも素晴らしい曲ですが、全然違う曲調ですね。

JA:そりゃそうさ、2人とも違う人だからね(笑)どの曲も、新しいエネルギーのようなものなんだ。

ところで、さっきも言っていたように、あと2枚のアルバムが出るんですか?

JA:そのとおり。たぶん、1年ごとに出すことになると思うよ。実際どうなるかは分からないけれど、どれぐらいみんなが曲を送ってきてくれるかによるね。今朝ちょうど、傷痍軍人会のための曲を書いて、歌ってたんだ。2週間後にケネディセンターで歌うことになるよ。これはフルオーケストラみたいな曲なんだ。

彼らは、ケネディセンターで歌ってもらえませんか?と聞いてきたんだ。僕は「チケットをお願い!」って言ったんだ(笑)「ロイヤルアルバートホールで歌いませんか?」「よろしくお願いします!」というようなものさ。

そうですね! あなたはソロアーティストとして楽しくやっていますが、バンドであるよりも合っていると感じていますか?

JA:ええとね、僕は今年で67歳になるんだ。だから、僕には全然違う世界なんだよ。ソロショーをやると2時間はステージにいることになるから、前よりも大変なんだ。イエスよりも沢山歌ったり、しゃべったりしないといけないんだ。だから、バンドをやる余裕はないし、バンドとマネージメントの問題もあるからね。そういうわけさ。僕は自分の国によく仕えていると思うよ(笑)

まさにそうですね!(笑)

JA:音楽に興味がない人たちとつきあわなければならない、でも、彼らはバンドをやることを強制してくる。だから、だから僕は病気になったんだと思ってる。病気になって、拍手に疲れたんだ。わかるかい? 音楽は簡単なんだけれど、ビジネスは大変と言うことなんだ。

過去はすべて捨てたと言うことなんですか?

JA:ええと、僕と妻のジェーン、2本のギターにウクレレ、そしてステージで弾くピアノだけ。ある意味、休暇中のようなものなんだ。旅行は少しきつかったりするけど、それも僕と妻だけだし、僕たちは愛し合ってる。他に何が必要なんだい? 僕は今でもイエスのファンが好きなものを出し続けていると信じているし、彼らだけを狙って作っているのでもないんだ。僕は沢山のオーディエンスに届けたいと思っている。僕も昨日知ったんだけれど、アルバムのある曲がポーランドでなんとナンバーワンになったんだよ。

ええ!?どの曲ですか

JA:"Unbroken Spirit"という曲だよ。

すごいですね!

JA:曲はポーランドの作曲家が書いたんだよ。僕がメロディと詞を書いて……書いたのは2年前で、ちょうど僕が病気だった2008年だよ。正しくは、2年半前だね。とにかく、それを書いたのは僕が本当に病気だったときだ。みんな本当に信じられないくらいいい音楽を送ってくれたんだ。いやきっと、音楽の神が僕に癒しを送ってくれたんだ。あと、僕の歌が入った「Prayer Cycle 2: Path To Zero」というジョナサン・エライアスのアルバムがもうすぐ出るんだ。スティングも歌ってて、他にも2人ほど有名なシンガーが参加してるんだけれど、僕はラハト・アリ・ハーンと一緒に歌ってるよ。彼はパキスタンの美しい声のシンガーなんだ。この曲は、僕が最初の手術を受けた後に送られてきたんだ……ちょうど新しい癒しの力のようなものだった。アルバムは今週出るよ。


「フライ・フロム・ヒア」はイエスじゃない

あなたが言ったように2008年は具合が良くなったそうですが、そのためあなたはイエスとツアーができませんでしたね。彼らと仕事が続けられなくて残念ではなかったんですか?

JA:それはドラッグだったんだよ。僕はバカじゃない!(笑) それはドラッグだ。いったい彼らは何をやってるんだい? もしそれが友情からしたことだとしたら、忘れるよ。人は病気になったときに、自分の友達が誰か分かるものだよ。彼らは面倒でも僕に連絡してこなかったんだ。アランは僕に1回電話をくれたよ。でも、リックはずっと連絡してきてくれたんだ。だから僕らは今でも友達なんだ。今年の後半、僕たちはデュエットでツアーをやるんだ。

いいですね。あなたは、あなたが歌っていない2つのイエスのアルバム、「ドラマ」と「フライ・フロム・ヒア」についてどう思いますか?

JA:僕がイエスのアルバムと呼んでいるものじゃないよ。つまり、僕はイエスのアルバムとは考えてない。とても才能のある奴らがやりたいことををやって、たまたまイエスという名前を使えたというだけのことだよ。でもそれも人生さ。みんな、「オーケー、やらせておこう」というだけさ。

もちろん、みんなあなたがいた頃のイエスが一番で、本当にプログレッシヴ・ロックと呼べる数少ないバンドの一つだったと知っていますよ。当時、このジャンルができあがっていくことに自覚はありましたか?

JA:僕はフランク・ザッパがプログレッシヴ・ロックを始めたんだと思ってる。他にも、ヴァニラ・ファッジ、バッファロー・スプリングフィールドなど、いろんなバンドがあった。ビートルズも、プログレッシヴミュージックをやっていたんだ。信じられないくらい商業的に成り立ってたんだ。「リボルバー」や、もちろん「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」を聴いてごらんよ。とても美しくて、プログレッシヴだ。でも、70年代頭には誰がそんなことをやっていると分かっただろう? ピンク・フロイドはずいぶん先に行っていた。だから僕は、始めたのは僕らじゃなくって、他の多くのミュージシャンがやっていたことのあとを追っていっただけだと思うんだ。それは、クリフ・リチャードよりもインスパイアされるものだったからね!

こうして僕たちは成長していったんだ。クリフやアルマ・コーガンといった人たちのことはたぶんあまり知らないだろうね。彼らはみんなポップだった。皆がポップと呼んでいるもので、着飾ってヘアクリームを塗って、テレビに出るようなポップスターだったんだ。ところが、ビートルズが登場したら、「あれ? 君たちはいつもの連中で、まだ有名だったの?」という感じになったんだ。だからみんな、60年代にビートルズやローリング・ストーンズになりたかったんだ。

70年代が来ると、僕はもう音楽をやるしかないと思った。だって、僕は26歳でイエスを始めたから、もうポップスターになるには歳を取りすぎているからね。僕がポップスターに見えたとは思わない。だから、僕がしたかったことは、みんなとは違う音楽をすることだったんだ。僕はあらゆる種類のクラシックを聴いていた。もちろんストラヴィンスキーとかね。『ロード・オブ・ザ・リング』を読んでいたし、ジャズやフランク・ザッパやウェザー・リポートといった音楽を聴いていた。こういった体験が、新しい音楽へのエネルギーへとつながっていったんだ。だから、みんなが「君はプログ・ロックだね」と言うと、僕はふざけるなって思うんだ。わかるかい? 本当にそう思ってるんだ。プログレッシヴな音楽は常に存在するし、今も聴くことができる。君はNeroとDubstep Symphonyを聴いたことある?

いいえ、知らないです。

JA:そうだろうね。BBC Radio1 Xtraでチェックしてみると良いよ。ちょうど先週サルフォードでやったばかりだし、インターネットで見ることもできる。これがまったく驚かされるんだ。とても冒険的なことをやっている。素晴らしいミュージシャンが冒険的なことをやっていても、レコード会社はいつも興味を持とうとしないんだ。でも、インターネットのおかげで、ミュージシャンは自分で発表ができるようになって、音楽で金を稼ぐこともできるようになった。神の祝福だよ。


僕らはみんな、ビートルズになりたかった

あなたはもともとアクリントン(Accrington)の……

JA:アクリントン・スタンリー[訳注:地元のフットボールクラブの名前]だね!僕らはファースト・ディビジョンまで行きそうだったんだ。

よく知っていますよ。ファイナル・スポットで落ちてしまったんですよね。

JA:いつも流血騒ぎがあったもんさ(笑)。9歳の時には僕はマスコットだったものさ。ショーツに赤いシャツを着てボールを蹴って、レフリーからハーフ・クラウン[原注:1970年に廃止されたイギリスのコイン]を得ていたんだ。僕はサッカー少年だったんだ。なにしろ、競技場が家から200ヤードも離れてなかったからね。本当にサッカー少年で、よく靴を磨いていたよ。

当時、何人か良いプレイヤーが周りにいたに違いないですね。

JA:そうさ、でもリーグを抜けると、僕らは文無しだったんだ! 僕の人生話だね!(笑)

アクリントンで育ったときの音楽の想い出は? 私は、町の最初の12弦ギターはあなたが持っていると聞きました。

JA:いいや? だれがそんなこと言ってたんだい?

実を言いますと、私とあなたはアクリントンでつながりがあるんですよ。同じ学校に行ってて、ブルコ旋盤工場で曾祖父のレスと働いていたんです。

JA:(笑)その名前を覚えてる! なんてこったい! こりゃすごい。そうだよ、僕はセント・クリストファーズ・スクールに行ってたんだ。旅行の神様よ(笑)それは僕だよ!

僕は20歳までギターを弾けなかったんだ。僕は弾けるようになるまでやらなきゃと思っていたんだ。弾いても血だらけになるから、24歳か25歳になるまで再びギターを手にしようとは思わなかった。そして、ロンドンに行って、ギターを手にいれて、また練習を始めたんだ。曲も書き始めたんだけれど、どれもひどいものだった。でも、突然、僕は"Time And A Word"や"Starship Trooper"や"Long Distance Run Around"を書いた。僕はうまくスタートできたよ。

あなたの姉弟のトニーとThe Warriorsに所属していた頃のことですか?

JA:いや、1969のころで、クリスとイエスをスタートした時のことだよ。63年にThe Worriorsにいて、僕らはCabernで演奏した。僕らはみんな有名になる前のビートルズを見に行ったよ。あれは素晴らしい時間だった。彼らは本当に素晴らしくて、僕らはみんなビートルズになりたかった。リバプールのアクセントで話したりしてたんだ! 母から頭をはたかれたよ。ランカシャーのアクセントで話すのを止めたんだ。スコース(Scouse)に戻るとビートルズになりたくて、ランカシャーに戻るとつまみ出されるんだ(笑)

(笑)あなたがThe Worriorsにいたころ、あなたは初期のビートルズに似た格好をしていました。

JA:そうだね。みんなビートルズになりたかったからね。僕は髪を黒く染めて、すごい格好だったよ! でもそれも人生さ。何かを試して、進み続けるんだよ。いま、僕は新しい音楽を作り続けている。今朝もいくつか曲を書いてる。自分のしていることに興奮しているよ。自分のしたことに感謝しているし、祝福を受けている。僕は健康だし、妻のジェーンを愛している。

あなたとお話しできて嬉しかったです。

JA:どうも、ありがとう。

時間を取っていただきありがとうございます。

JA:こちらこそ。


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