2011年8月28日日曜日

【映画】 黄色い星の子供たち [原題:Le Rafle]

もう1ヶ月ほど前に見た映画だが、改めてレビューを書こう。

題名だけ見ると、まるでSF映画のように感じられるが、舞台は第2次世界大戦中のナチスドイツ占領下のフランス。そこで起こったユダヤ人の大量検挙が主題である。

1940年、ヒトラーの電撃作戦の前にもろくも敗れ去ったフランスは、第1次世界大戦の英雄であるフィリップ・ペタンを首相に据えた傀儡政権をヴィシーに樹立させられ、4年にわたるドイツ占領を経験した。占領はたったの4年だったが、この間のドイツによる占領政策は、実質的な略奪行為と言っても過言ではなく、町という町からありとあらゆる物資が戦時徴収され、食料は言うに及ばず、ガソリンや鉄鋼などの資源、ひいては軍靴に使う皮革までもが不足し、庶民は木靴をはかなければならなかったという。このあたり、『ナチ占領下のパリ』という本に詳しい。

そして、占領政策の悲惨を極めたのが、ユダヤ人政策である。ユダヤ人はすべて胸に黄色いダビデの星を縫い付けた服を着用することを義務づけられ、少しでも星を隠そうものなら、容赦なく検挙された。ユダヤ人商店にもダビデの星が描かれ、フランス人達は隣人にこれほどまでユダヤ人がいたことに驚いたという。やがてユダヤ人への仕打ちは公民権の停止へと至り、「ユダヤ人問題の最終解決(=民族浄化)」が決定されると、フランスでもユダヤ人の検挙が始まった。その頂点が、映画で描かれる1942年7月16日の早朝に行われたヴェル・ディヴの大量検挙である。

ユダヤ人達は胸に黄色いダビデの星を付けさせられ、公共施設への
入場を制限された。しかし、それでも検挙まではまだ無邪気でいられた。
この際、検挙に当たったのはなんとフランス憲兵だった。ユダヤ人1万3000人は老若男女の区別無く、冬期競輪場(ヴェル・ディヴ)に押し込まれ、食物も水も与えられることなく、やがて強制収容所へと送られ、最後にはアウシュビッツやダッハウのガス室へと送られるのだった。

この映画は、その顛末を子供達の視点から描いている。戦時下の厳しい状況にあっても、家族や友人との幸せな毎日を送る子供達に、なぜ自分たちが差別されなくてはならないのか、家族はどうなるのかという辛苦が押し寄せる。幼い子供達から見る差別の理不尽と対置されるのは、フランスの政治家達の打算である。ドイツ側が当初、子供は強制収容の対象としないと言ってきたにもかかわらず、孤児の面倒を見ることは不可能という政治的判断のため、子供までもがガス室送りになった。しかも、政治家達は東欧難民のユダヤ人を減らす好機としてこの機会を利用し、さらにフランス警察の権益確保の交換条件まで交わしたのだ。

命令を破りヴェル・ディヴで放水を行い、水を供給する消防団たち。
この事実は、大量検挙事件と合わせて、フランスの最大のタブーとされ、1995年までその責任を認めず、世間一般からも覆い隠されたという。事実、私は別の占領下フランスを描いた映画『パリの灯は遠く』(主演:アラン・ドロン)のラストで、ユダヤ人達が競技場のようなところに押し込められた末に、列車に乗せられるシーンを見て、その場所は一体何なのか、説明が一切無く分からなかったが、この『黄色い星の子供たち』を見て、それがヴェル・ディヴのことだったとを知った。つまり、当時の人間は知っている歴史的事実であるにもかかわらず、それを積極的に語ることをフランス人達は避けていたのだ。事実、1995年のジャック・シラクによる声明で初めて事件を知り、ショックを受けたフランス人も多かったという。

子供たちも大人と同様の強制収容の対象となった。真ん中が
主人公のジョセフ・ヴァイスマン。
同時期に『サラの鍵』[原題:Elle s'appelait Sarah]という映画も製作されている(こちらは原作付き)ように、この映画はそういうフランスのタブーをようやく克服しようとする過程で生まれた映画なのだろう。上に描いたような政治家達の打算的な駆け引きは、きわめて淡々と描かれ、ユダヤ人の子供とその家族に降りかかる不幸は隠すことなく描かれる。衝撃だったのは、追い詰められ窓から飛び降りて死ぬ妊婦と、その残された幼い子供が母親の死を知らずにいるところだ。追い詰められ死を選んだユダヤ人は少なくないと言われ、かのヴァルター・ベンヤミンも亡命目前に追い詰められて自殺をしている。また、強制収容所で金品をすべて提出するように強制され、隠し持っていた品を見つけられた少女が、ドイツ人将校に殴る蹴るの容赦ない暴行を受けるシーンも衝撃的だった。我々日本人から見たら、容貌のさほど変わらない西洋人同志が、どうしてそれほどまでに冷酷になれるのだろう?

一方で、ユダヤ人差別に抗するがごとく、強制収容所にまで付き添ってユダヤ人医師(ジャン・レノ)と共に病人の看護に当たる、非ユダヤ人看護婦アネット(メラニー・ロラン)も描かれる。ヴェル・ディヴで命令を破ってまで放水で水を与える消防隊員や、検挙の前に警告を発する女性など、人間の尊厳を軽んじなかった人々も、少ないながら登場する。しかし、私たちの視点は彼らと同じだとしても、同じ境遇にいて、同じ事が出来るだろうか? 映画を見ながら、組織的の命令が個人の良心に何ら抵触することなく、暴力を実行させることの恐ろしさを考えた。

強制収容所に送られたはずのノノと再会する看護婦アネット。
あれほど無邪気だったノノの顔にはもはや笑顔はない。
映画のラストは、戦後に数少ない生存者と看護婦が再会するシーンで終わる。子供達の顔には、以前のような屈託のない笑顔はない。彼らの胸から黄色い星は無くなっても、戦争は彼らの心に二度と消えることのない烙印を押したのだ。他の地域のホロコーストに比べても極めて生存者が少なかったため、ヴェル・ディヴの強制収容に関する証言は少ないという。主人公の少年ジョセフ・ヴァイスマンは実在の人物で、この事実を風化してはならないととある政治家に言われ、思い出したくない記憶に向かい合い、その体験を話すべく日本にも来日したという。

映画では非ユダヤ人にもかかわらず献身的な介護活動を続ける看護婦アネット役が光る。彼女はこの歴史的事実のあまりの重さに倒れてしまったこともあったそうだが、この歴史的事実を後世に伝えなければならないと、必死で演じきったという。

実を言うと、このサイトの名称、Les Zazousもこの占領下のフランスと関係があるのだが、その話はまた別の機会に。




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