2011年7月28日木曜日

レイ・ハラカミ急逝



ネットを徘徊してレイハラカミが急逝したというニュースを発見し、大変驚いた。レイハラカミの音楽は「Red Curb」とRovoのMan Drive Tranceでの共演しか聞いたことがないので、自分はそれほど熱心なファンではなかったが、間違いなく彼は2000年代を代表するアーティストの一人だった。

7年ほど前に京都の西部講堂で行われたP-Hourというイベントの打ち上げの席において、レイハラカミを見かけたことがある。大友良英や菊地成孔やアルフレート・ハルトやカヒミカリィに混じって、どこかで見た顔の人がいる、と思ったら、帰り際に大友氏が「原神くん、またね」と言うのを聞いて、「あ!レイハラカミだ!」と気づいた。ごく普通の平凡な青年という感じだったが、作る音楽にはエレクトロニカや音響派という言葉の先駆けとなる強烈な個性があった。

彼のサウンドは、それこそどこにでもあるようなMIDI音源を使って作られたかのようで、どこにもない音楽だった。メロディアスのようでもあり、そうでもないようでもあり、何というか澄み切った「空気」のようなものを生み出していた。レイハラカミをはじめとして、そうした「空気」を醸し出す音楽家の音楽を表現するために、エレクトロニカや音響という言葉が生み出されたのだった。

しかし、レイハラカミの「空気」の清々しさが矢野顕子とのyanokamiにつながったのは、自分としてはちょっと安直な気がしていた。それはちょうど同時期に坂本龍一がフェネスとアルバム「cendre」を作ったのと似ていて、お互いに似た音の世界観を持ったアーティストが組んでも、余り面白いと思わなかったのだ。そういうわけで、当時音楽雑誌の編集の立場にあり、他の人間よりも先にプロモ盤を入手していたにもかかわらず、yanokamiは聴き込むには至らなかった。

そういえば、yanokamiと言えば、想い出がある。矢野顕子さんにインタビューを取ろうと、ヤマハの担当者に連絡したら、「矢野さんはNY在住で、電話インタビューやメールインタビューはやらないんですよ」と言われて、せっかくの機会なのにインタビューが出来なかった。ところが、同時期のサンレコに堂々とインタビューが載っていてのけぞった。誰かNYまで行ったのだろうか(たぶんそれはないだろうから、業界筋に知られた國崎氏の力によるものだろうか)。ともあれ、レイ・ハラカミのような存在こそ、サンレコ読者の憧れだったに違いない。

まだまだやれることがあったはずだろうに、惜しい。



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