「亡国ピアノトリオ」なんて物騒な言葉を唱える批評家もいるが、ジャズの世界で依然としてピアノトリオは人気がある。とかく素材そのものを楽しむ日本人にとっては、絢爛豪華なスイングジャズのビッグバンドよりも、簡素なトリオ編成のほうが好みかもしれない。
ところで、私は寝る前に音楽をかけるのを習慣にしているが(とはいえど、最近は鬱病で音楽を聴きたいという気持ちが減じているが)、同居人がその音楽に対して頻繁に文句を付ける。私自身は、それがフリージャズであろうが何だろうが眠れるのだが、同居人はテンポの速い曲は目が冴えてしまうと言う。同居人はメロディよりもリズムを感じるタイプの人間なのでそのせいもあるだろうが、寝ることを考えるともう少しテンポが遅いリラックスできる音楽の方が良いのかもしれない。
同居人の愛聴盤はBill Evansの「From left to right」であるが、よくよく考えてみるとジャズの名盤の中に、これほどゆったりしたテンポを基調とした静謐な音楽は、実は少ない。Jim HallとRon Carterの「Alone Together」ぐらいか? でもあちらは別にバラードアルバムというわけでもない。ということで、何か良いものは無いかとネットで調べてみたのだが、灯台下暗しとはまさにこのこと、うちにいくつもあるECM盤のピアノトリオがなかなかであった(亡国ピアノトリオの代名詞だ!)。
昨日、聴いてみたノルウェーのTord Gustavsen Trio「The ground」は、あたかも良質のピアノ小品にベースとドラムを付けたかのような趣。ハードバップ的なコンピングの代わりに、メロディを彩る対位的な音が入る。こういう音はジャズの本場の米国人には出せないだろう。アドリブ至上主義の批評家には受けが悪いだろうが、私のようにジャズを実際に演奏する側から見ると、ビバップからこれだけ離れてスイングしないジャズを演奏することは、ものすごい発明に思うのである。
スイングとは一種の麻薬で、一度はまると抜け出せない。初学者のころは、バラードを弾いていてもどうしてもスイングしてしまう。そのほうがノリが出せて、演奏しやすいからだ。スイングによるアウフタクトの魅力は、ジャズのセントラルドグマと言ってもいいくらいだ。でも、そこから離れて、クラシック音楽のようなスタイルを生み出したヨーロッパのミュージシャンのセンスは、アメリカ生まれの音楽を他国で演奏することの意義を我々に教えてくれる。
過剰にジャズがムード音楽化することに私も違和感を覚える一人であるが、音楽家は自分の音楽を演奏するのみ。リスナーは聴きたい音楽を聴くのみである。
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